DesertWind・ニュースレター Aprill, 2023

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『あなたが栄えるため』(ヨシュア記1:7-8)

LVJCC 牧師:鶴田健次

「ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行なえ。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。」(ヨシュア1:7-8)

この言葉はイスラエルの民を約束の地に導く使命を与えられた新しい指導者ヨシュアに主が語られた励ましの言葉です。同時にこの言葉は今を生きる私たちクリスチャンにも大切な教訓を与えてくれます。強く、雄々しくあることは、人生においてとても重要なことです。この言葉の中に主を信じる私たちが栄えるための三つの秘訣が示されています。

① 御言葉を守り行なう

繁栄の人生を歩むために、主はヨシュア記1章7節で、「律法を守り行なえ」と語っておられます。強くあり、雄々しくあり、御言葉を守り行うなら繁栄が臨むというのです。また祝福が臨み、奇跡が臨み、門が開かれるのです。今まで見たことのない恵みが私たちの前に広がるのです。神様の御言葉は祝福の源です。全ての祝福の秘訣がこの御言葉の中に示されているのです。

聖書には、どのように宇宙が造られ、人間が造られ、またどのように人間が罪を犯し、永遠の裁きを受けるべき者とされたか。そして、その滅ぶべき定めから人間を救い出すために、神の子キリストがこの世に来られ、すべての者の罪を背負って十字架で死んで下さり、三日目に死からよみがえることで死に勝利し、信じる者に罪の赦しと永遠の命が与えられるという驚くべきメッセージが記されているのです。

道であり、真理であり、命であるイエス様について証しされている聖書の御言葉を握り締め、それを行なうとき、主は私たちに恵みを下さるのです。

 ② 右にも左にもそれてはならない

繁栄の人生を歩むための二つ目の秘訣は、「右にも左にもそれてはならない」ということです。私たちが御言葉を読み、御言葉を握り締めて生きていくとき、私たちは主が示される道を歩むべきであり、その道から右にも左にも外れてはなりません。そうすれば、私たちが行くどこででも栄えると主は言われるのです。

今日、世界の問題は何でしょうか。アメリカには深刻な分裂の問題があります。共和党、民主党が血まみれになるほどに戦っています。相手の話しを聞こうとしません。

ましてや神の御言葉に耳を傾ける政治家は少ないです。すべての政治家は悔い改めて、神の前にひざまずかなければなりません。一つになれないから問題が生じるのです。それは教会も同じです。いつも自分の考えを第一にし、御言葉に聞こうとしなければ、右や左にそれて一致することができないのです。

私たちは御言葉を守り行ない、御霊による一致を学ばなければなりません。自分が何を望むかではなく、自分がどうすることを神が喜ばれるのか、また教会の益となり、他の人々のためになるのか、そういう判断をできる者になりたいと願います。

 ③ 御言葉を日々、口ずさむ

繁栄の人生を歩む三つ目の秘訣は、御言葉を昼も夜も口ずさむことです。昼も夜も御言葉を口ずさむとどうなるのでしょうか? 私たちの考えが神様の考えに変えられます。またその御言葉を守り行なうなら、私たちは栄えると言われているのです。御言葉は単なる言葉ではなく、力ある神の言葉だからです。

詩篇の第1篇2-3節にはこうあります。「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」

幸いな人は誰だと言われていますか? 主の御言葉を喜びとし、主の御言葉を日々、昼も夜も口ずさむ人です。御言葉が私たちの人生の中心にならなければなりません。

御言葉と共に歩む人生を目指さなければなりません。御言葉は命です。御言葉は恵みです。祝福です。奇跡です。いつも御言葉を黙想し、御言葉に従って歩む者でありたいと思います。



『ただ主だけを礼拝する

証し:薫 ケラー

去年の 9 月から新しい仕事が始まりましたが、シフト制の仕事の為、日曜日の休みが取れずに礼拝に出席できない状況となりました。そのような中、教会の皆様が信仰を持って私の為に祈ってくださり、2023年のシフトが発表になり、日曜日の休みを与えて頂けました。日曜日の休みが与えられることを必死で祈っていた中で、私は改めてどうしてこんなにも礼拝が自分にとって大切なのかを考えました。聖書の中にも「神を礼拝せよ」とあります。また礼拝は神 だけが受けるに相応しいともあります。

また神は創造主であり、私達は神に創られた被造物です。創られた者が創り主を礼拝することは創造の秩序です。その秩序の中に生かされている時 に、私にはとても平安があり幸せです。また、礼拝に来る事で神様の御前にいる思いになります。その時に、自分が何者なのかというアイデンティティを再確認できます。それは「自分は 神様の子供なんだ」という事です。

聖書に人間の肉の思いについてこう書かれています。「肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好 色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、 宴楽(えんらく)、および、そのたぐいである。」

私は毎朝この御言葉を引用して、肉の思いへの許しとまたきよめを祈ります。何故なら、クリスチャンではありますが、罪の性質があり、完全ではないからです。聖書には『これらの悪は みな、内側から出て、人を汚すのです』とあります。

悪は自分の内側から出てくることを覚えている必要があります。そして、肉の思いに続いて聖書には御子イエス様のご性質が書かれて います。それは「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です」 日々、肉の思いをきよめていただき、聖霊様の満たしとイエス様のご性質である 9 つの御霊の実を少しでも実らせることができるようにと祈ります。

罪の性質がある不完全な自分を知っているので、自分のアイデンティティが「神様の子供」で あるという事は、神の恵み以外の何物でもないことは明らかです。神様が最初の人アダムを創 られた時に「神様に似た性質」を持つ者として人間を造られました。しかし、アダムが犯した 罪により、全人類は罪あるものとして生まれています。しかし、神様が私達に持っておられる ご計画は『主と同じ姿にかえられていく』ことです。

これは聖霊様の働きによってなされていきます。ですから、神の御子イエス様のご性質の 9 つの御霊の実を祈り、聖霊様によってイエス様に似た者へと変えられることは、神様の御心であると信じています。

「神様の子供」とされた私にとって、神様を礼拝することは、大変重要な意味があり、なくてはならないものになりました。結局の所、私達は何かを拝しているのではないでしょうか。

その対象が神以外の場合、聖書ではそれを「偶像礼拝」と言い表しています。神以外のものに膝をかがめて、従ってはいないか? または、心のよりどころにしてはいないか?クリスチャンにとって重要課題であり、自分自身をチェックする確認があると思います。

礼拝対象が創造主の神、救い主イエス様以外になってしまう場合、私達の歩みの先にいるのは神ではなくなっているのではないか、と思います。そ ういう意味でも、礼拝を重んじる事は、自分が拝しているのは神であることを守る道であり、 神への信仰の応答でもあると思います。

礼拝に来て、神の家族の皆様と挨拶をして、言葉を交わす事。また奉仕を通して、神様や教会にお仕えできることも、私にとって大変重要な意味があることにも気づきました。

クリスチャ ン同士では「お祈りしてますね」と言う言葉を交わすことが多いですが、それはお互いを心に留めて、会えない時にでもその方を思い、祈っている事を現わしています。このような愛の関 係は教会にしかない人間関係ではないでしょうか。イエス様を真ん中にした関係です。

クリスチャンには天国が約束されています。礼拝を通して、約束された御国への希望と、またこの地上生活をクリスチャンとして生き 抜いていく力を与えて頂けると信じています。


編集室・気まま便り

WBC(World Baseball Classic)の試合を初めから最後まで見ました。14年ぶりの優勝を目指して、最優秀選手が日本のチームから選ばれ、30人の内、アメリカのメジャーリーグに所属している選手が3名でした。

「次に繋ぐ」を合言葉にして、全員が全力投球した姿は見ていて大きな感動を与えました。特に印象に残ったのは大谷選手が「憧れの選手がたくさん出てくるけれど、あこがれていると勝てないからその思いを捨てて、勝つことに集中しましょう。」ということでした。

その事から私達海外に生活する者にとっても言葉、文化の壁に向かって、潰されそうになったことが多々ありましたが、背後におられる神様のお支えを信じて乗り越える勇気と知恵が与えられ、今日まで生活してきた事を深く感謝しました。 MN



 

LVJCC キリスト教 Q&A

Q もし神が不変なら、なぜイエスが肉体を持った神であり得るか? 

A 神が不変であるというのは、神の性質は永遠に変わらないという教えです。神の人格、属性、存在は変わることがありません。神は常に愛であり、聖であり、義であり、全知・全能であり、また遍在される方です。これらは神の性質なので決して変わることはありません。では、私たちは‘言の受肉’と神の不変性の教義をどう調和させることができるでしょうか。その答えは、三位一体と受肉、そしてキリストの二性に関する教義を理解すれば解ります。

三位一体の教義は、唯一の神が父・子・聖霊という三つの人格において存在するというものです。子(イエス)は言が肉体となられた方です。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・・・そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。・・・・・(ヨハネ1:1、14)」

聖書は、イエスが二つの性質を持っておられることを教えています。つまりイエスは神であると同時に人であるということで、これは位各的結合の教義として知られています。イエスは、今なお神であり人でもあるということです。イエスは一人の人として二つの性質を持っておられ、一人の内に神性と人性が結び合わされているのです。この結びつきによっても神性は全く変わらないのです。

そこで注意すべきことは、神性が人性と結合し、神人間とも言うべき新しい性質になったのではないということです。それはキリスト単性
論(monophysitism)として知られるもので間違った考えです。

この二つの性質は、互いに関わり合い、それぞれの属性が一人の方のものとされていてラテン語でcommunicatio idiomatumと呼ばれています。言い換えれば、キリストのうちにそれぞれの属性があるということです。ここにその証拠があります。

ヨハネ17:5でイエスは、「父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい」と言っておられますが、人間イエスは、世が造られる前に父のそばで持っていた先在と栄光を所有する権利を主張しておられるのです。これはイエスが神と人との二つの性質を持ち、神性の特質が一人の人キリストのうちにあるからです。

 言(ことば)は変わらなかった

言(ことば)は、他のものがその性質に加わえられても変わりませんでした。受肉に関して言えば、それは神であるキリストの位格の中に人性が加えられることによって二つの異なる性質がイエスの内に同時に存在するようになったということです。

ですからパウロは、「キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており(コロサイ2:9)」と言っているのです。ここでは神の不変性が問題となっていますが、言は人性と混合することによって新しい第三のものに変わらなければなりませんでした。

それは ‘言が人となった’性質であり、神であり人でもある新しい第三のものです。さらに受肉の教義は神の言のいかなる変化も否定します。それは単に言が肉体となった(その性質が変わったという意味ではない)と述べています。言が人性と共にキリストの位格の内に宿り、そのためにイエスは二つの異なる性質を持っておられるのです。

したがって、私たちは神格がキリストの受肉を通して人間の属性にあずかったと結論付けることができます。しかし、神格は全く変わってはいないのです。

第三に千年王国は、人間の創造目的が回復する至福の時代です。人間が創られた目的は、「神が人間と愛を分かち合うことによって、お互いが喜びに満たされるため」です。それが千年王国において、豊かに回復するのです。

その日、人は神の喜びとなり、神は人の喜びとなるのです(イザヤ65:18、19)。もはや、神と人との間に障壁はなく、神と人との間のコミュニケーションは万全で、常に愛に満ちたものとなります。

これが、神を愛する者たちに用意されている未来の楽園であり、そこで私たちは天国の前味を味わうのです。神を愛し、キリストを信じる者は誰でも、その楽園に住むことができます。

千年王国は、霊の世界ではなく、現実にもたらされる現実の世界です。神はその世界を、やがてキリスト再臨の後に実現されるのです。これは何と素晴らしい希望でしょうか。キリストに従うあなたは、やがてその世界で生き、その至福を体験するのです。


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