DesertWind・ニュースレター June, 2026

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『恵みによる応答』(第二コリント5:14-15)

 

LVJCC 牧師:鶴田健次

 
私たちは、献身について考える時、避けて通れない問いがあります。「なぜ私たちは神に献身するのでしょうか?」 もしこの問いに正しく答えられなければ、信仰生活は義務になり、やがて疲れてしまいます。「もっと頑張らなければ」「もっと奉仕しなければ」と自分を追い込み、喜びを失ってしまうのです。

しかしパウロは第二コリント5章14節でこう語ります。「キリストの愛が私たちを捕らえているからです。」

献身の出発点は義務ではありません。キリストの愛です。主は私たちのために十字架で命を捨ててくださいました。その愛に触れるとき、人は変えられます。「しなければならない」からではなく、「主のために生きたい」という願いが生まれるのです。

1.キリストの愛は新しいいのちを生み出す

パウロはこう語ります。「キリストはすべての人のために死なれました。それは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためです。」

キリストが十字架で死なれた時、私たちの古い人もキリストと共に死んだと聖書は教えています。私たちは本来、自分中心に生きています。自分の利益、自分の成功、自分の満足を第一に考えます。しかし十字架は、その古い生 き方に終止符を打ちます。そしてキリストは新しいいのちを与えてくださいます。もし誰かがあなたのために命を捨ててくれたなら、その人のことを忘れて自分のためだけに生きることはできないでしょう。

同じように、キリストの十字架の愛を知るとき、私たちの内に変化が起こります。「神に従わなければならない」ではなく、「神に従いたい」という思いが生まれるのです。献身とは努力によって作り出すものではありません。キリストの愛によって生まれる新しいいのちの現れなのです。

2.キリストの愛は価値観を変える

キリストの愛は、私たちの人生の基準そのものを変えます。以前は「自分にとって何が得か」「何が楽か」を基準にしていた人生が、「主に喜ばれることは何か」を求める人生へと変わるのです。

宣教師デイビッド・リビングストンは、医師として安定した人生を送ることもできました。しかし彼はアフリカ宣教のために人生をささげました。多くの人はそれを犠牲だと思いましたが、彼はこう語りました。「私は決して犠牲を払ったことはない。」 なぜでしょうか。彼にとってキリストの愛に応えて生きることが、何より価値あるものだったからです。

私たちも同じです。この世は成功や財産や地位を価値あるものと教えます。しかしキリストの愛を知ると、本当に価値あるものが見えてきます。神との関係。永遠のいのち。人々への愛。福音のために生きる人生。こうしたものが人生の中心になっていくのです。献身とは何かを失うことではありません。最も価値あるものを見出すことなのです。

3.キリストの愛は最後まで従う人生へ導く

キリストの愛は、順境の時だけではなく、試練の中でも私たちを支えます。宣教師ヘレン・ローズヴィアはコンゴで奉仕していた時、内戦の中で大きな苦しみを経験しました。彼女は神に叫びました。「主よ、なぜですか。」

その時、心の中でこう問いかけられたと証ししています。「あなたは私のために働いているのか。それとも私自身を愛しているのか。」 彼女は気づきました。神が求めておられるのは働きそのものではなく、神ご自身を愛する心であることを。そして彼女は、「たとえ理解できなくても、私はあなたを愛します」と祈ったのです。これこそ献身の本質です。

祝福されているから従うのではありません。成功しているから信じるのでもありません。どんな状況でも主を愛し、主に従い続けることです。私たちの力ではできません。しかしキリストの愛が私たちを支えます。十字架の愛を知る者は、最後まで主に従う力を与えられるのです。

結び

献身は義務ではありません。キリストの愛への応答です。その愛は、新しいいのちを与え、価値観を変え、最後まで従う力を与えてくれます。今日もう一度、十字架を見上げましょう。そして主の問いに耳を傾けましょう。「わたしはあなたのために命をささげた。あなたはどう応えるか。」 。
 



戦争の中のイスラエルレポート』

 

山本真美子牧師

 
2026年2月28日、イスラエル国防司令部から非難するようにという警告と共にサイレンが鳴り響いた。イスラエル市民と長期滞在者は、シェルター(特別な避難所)の入出時も、1分刻みに更新される司令部の指示に従って行動することが義務付けられている。イスラエルは、どうしてテロリストに脅かされ続けているのだろうか。

創世記49章9-10:「ユダはししの子(ヤコブ/イスラエルの子)。わが子よ(ユダ)よ、あなたは獲物もって上がって来る。彼は、雄じしのようにうずくまり、雌じしのように、身を伏せる。だれがこれを起こすことができようか。つえは、ユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来るときまでにおよぶであろう。もろもろの民は彼に従う。」

ユダ(イスラエル)はライオンであり、イエスはユダのライオン、すなわち王の王、ユダヤ人の王、そして市民は、ご自分の民である。私たちの王であり、神であられる。ユダヤ国家は、イラン政権による核戦争の犠牲者となることを拒否しており、イスラエルの最大の敵であるイランの背後には、霊的には悪魔とその軍勢がいる。イランがイスラエルとユダヤ人を憎む理由は、霊の戦いであることを除き、他に論理的に考えられないことだ。

アヤトラ・ホメイニ師は、1979年に亡命先からイランに帰国後、イスラム革命を主導し、イラン統治者ファラヴィ国王を打倒した。彼は軍事、司法、そして主要な政治機関に対する絶対的な権限を持ち、イランを今日のシーア派イスラム教の神権政治狂信体制へと変貌させた。反ユダヤ主義イデオロジーで「イスラエルは排除しなければならない癌だ」と主張し続けた。同年「エルサレムを崩壊して自己的な解放を」と、「エルサレム聖戦奪還日」を制定した。アヤトラ死後、アリー・ホメネイが後を継ぎ、イスラエルの滅亡を訴え続けた。

イスラエルは、2025年6月「見よ、民は雌じしのように立ち上がり、獅子のように立ち上がる …」民数記23章24節にあるように「立ち上がる獅子作戦」を開始した。イランから1500キロ以上離れているが、アメリカの支援を受け、奇襲攻撃を仕掛け、イランの核開発に最大限の打撃を与えた。(12日間戦争)終結後も、ホメネイ政権は依然として、イスラエルを殲滅し、エルサレムを奪還するという野望を放棄していない。

この戦争によってイランが、核兵器化への勢いを強化していることが、明らかになった。これが、今回の戦争の始まりの一環で、核武装したイランが米国、イスラエル、米国の同盟アラブ諸国、ひいては世界の安全保障にとって容認しがたい脅威をもたらすという認識に基づき実行されたのである。ネタニヤフ首相は、「テロ政権がもたらす実存的脅威」を取り除くためだと声明した。ホメネイの死去後、息子のモジュタバ・ホメネイが、イランの新最高指導者に選出されたと報じられたが、死んだとの噂も出ている。

私は、約3週間の間、時間を問わず、何度もシェルターに駆け込んだ。レバノンのヒズボラからのミサイルは30秒、イランからは、1分30秒でテルアビブに落下する。ある日、シャワーをしている最中に、避難命令が発令され、ビショビショでシェルターに逃げ込んだ経験がある。誰も、家、高価な車、多額のお金を携えて避難することは不可能だ。ドアは完全に閉めるので、逃げ遅れた人は、外から開けることが不可能だ。

国民は、何時でも避難する体制があり、大切なのは、「いのち」と理解している!いのちには2つの種類がある。イエスの救いを既に受けているか否かだ。救いは神が、人間に無償でくださった非常に高価なものだ。オリブ山に、「万国民のための祈りの家」があり、諸国のために、7/24の祈りを捧げている。イスラエルが、私たちのために祈ってくれている。私たちは、イスラエルのために、どのぐらい祈っているのか。   

イスラエルは、観光業はゼロだし、経済的な厳しい状態が継続している。躓く民がいるだろうが、民がつまずいても、神は立ち直る道を備えてくださる。今こそ、イスラエルのために執り成す時だ。 

「エルサレムの平和のために祈れ。あなたを愛する人々がやすらかであるように。」 詩編122:6


編集室・気まま便り

 
聖書の中で、山上の説教、マルタとマリア、放蕩息子とブドウ園の主人の話には、最初読んだ時には「有り得ない。」とショックを受けたものですが、詳しい説明を何回か聞くうちに、神様と人間の価値観の違いという事を理解しました。

なにもかもわかってから信じるのではなく、まずは「神様がおられる。」事を信じることから始まるのが信仰であると思います。

実際、私は奇跡を信じられるのにはかなりの時間がかかりました。しかし、自分の力で分かるようになるのではなく、「私にわかるように導いて下さい。」と祈ると、人間の理性を超えた世界を聖霊が示して下さいました。それは全く想像もしなかった希望に満ちた素晴らしい世界でした。   

そして神様と歩む内に全く新しい者に変貌して明るく、逞しく生きれるようになり感謝です。 MN



 

LVJCC キリスト教 Q&A

 

Q もしイエスが神なら、なぜ再臨の時を知らないのか?

 

 

A   マタイ24:36で、イエス様はこう言われました。 「その日、その時は、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」

 
この言葉を根拠に、「もしイエスが神なら、なぜ再臨の時を知らないのか。神はすべてをご存じなのだから、イエスは神ではないのではないか」と主張する人たちがいます。これはエホバの証人などがしばしば用いる反論ですが、古くからキリスト教に向けられてきた疑問でもあります。

この問題を理解するためには、聖書が教えるイエス・キリストのお姿を正しく理解する必要があります。聖書は、イエス様が完全な神であると同時に、完全な人間でもあられたと教えています。これを「キリストの二性」と呼びます。ヨハネ1:1は「ことばは神であった」と語り、コロサイ書2:9は「キリストのうちに神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っている」と教えています。

しかし同時に、イエス様は人として生まれ、成長し、疲れ、空腹を覚え、眠られました。ルカ2:52には、「イエスは神と人と似いつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。」とあります。神は本来成長する必要がありません。しかしイエス様は、私たちと同じ人間として歩まれたのです。へブル2:17も、「イエスは、すべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした」と教えています。

では、「子も知らない」とはどういう意味なのでしょうか。まず理解すべきことは、イエス様が受肉によって神であることをやめられたのではないということです。ピリピ2:6-8は、キリストがご自分を低くしてしもべの姿を取られたことを教えています。しかし、それは神性を失ったという意味ではありません。イエス様は地上におられた間も、完全な神であり続けられました。

実際、聖書にはイエス様の全知性を示す場面があります。ヨハネ2:24-25では、人々の心の内を知っておられたと記され、弟子たちは「あなたがすべてをご存じであり」と告白しています(ヨハネ16:30)。また復活後のペテロも、「主よ、あなたはすべてをご存じです」と告白しました(ヨハネ21:17)。

したがって、「子も知らない」と「イエスはすべてをご存じである」という二つの教えは矛盾ではなく、イエス様が神としては全知でありながら、人としては父なる神に従うしもべの立場を取られたということです。つまり、この言葉はイエス様の神性を否定するものではなく、そのへりくだりと従順を示すものなのです。

天地万物を造られた神の御子は、私たちを救うために天の栄光を離れ、人としてこの世に来てくださいました。そして十字架で罪の代価を支払い、復活によって栄光をお受けになりました。このお方こそ、完全な神であり、同時に完全な人であられる救い主です。そしてそのゆえにこそ、私たちの弱さを理解し、私たちを完全に救うことのできる唯一のお方なのです。
 


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