LVJCC・ニュースレター | September, 2020

ラスベガス日本人教会

DesertWind・ニュースレター September, 2020

 

『主のわざに励みなさい』(第一コリント15:57-58)

LVJCC 牧師:鶴田健次

人生において、イエス・キリストを信じ、神様の子供になること以上に大きな祝福はありません。罪のために永遠の滅びが定められていた者が、イエス様を信じることによって罪が赦され、永遠の命が与えられるということは、一生一大の奇跡であり、祝福であり、恵みです。

私のような罪人が救われ、神様の子供としていただいたのですから、この恵みは一生感謝し、どれだけ感謝しても足りるものではありません。

コリント人への第一の手紙15章は「復活の章」として知られているところですが、この復活の章の最後の2節は、イエス様を信じるすべての人に対する勧めの言葉です。それは「主のわざに励みなさい」ということです。

 

①勝利を与えてくださる主

私たちが忘れてはならないことは、私たちがこの世を生きる間、主が私たちに既に勝利を与えられたということです。第一コリント15:57に、「しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました」とあるとおりです。

イエス様は罪と死の権威の中で絶望しながら生きている私たちを救うために、この世に来られました。十字架の上で私たちのすべての罪を背負い、私たちの身代わりとなって死んで下さいました。そして、主が十字架の上で「完了した」と宣言された時、罪と死の権威は裁かれたのです。

そして、死の権威に勝利し、三日目に死から復活されました。そのイエス様が私たちの救い主となられたのです。そして、イエス様を信じるその日から、勝利者であるイエス様が私たちの主となられ、私たちの人生を導いて下さいます。たとえ私たちを絶望させるために悪魔が攻撃してきても、イエス様が私たちと共におられるので、私たちは圧倒的な勝利者となるのです。

②堅く立って動かされない

私たちはどんな時にも堅く立って動かされてはなりません(1コリント15:58)。 「堅く立って、動かされることなく」とは、どんな事があっても、イエス様を信頼し、大胆に進みなさいということです。

ヨシュア記1:9で、カナン征服を目の当たりにしていたヨシュアに主はこのように言われました。「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」

問題が訪れ、戦いが訪れ、誰かが私を非難し、言い表せない苦しみに陥ったとしても、強くあれ、雄々しくあれ、恐れるな。わたしがあなたと共にいる。そう主は言っておられるのです。

主はいつも私たちと共にいて下さり、私たちを助け、私たちを守り、私たちを導いて下さいます。ですから、私たちが信仰の根をイエス様のうちに深く下ろし、御言葉を握りしめ、聖霊に満たされて前進していくなら、大きな恵みが私たちに臨むでしょう(コロサイ2:6、7)。

③主のわざに励む信仰

私たちクリスチャンは、特に終末時代を生きる私たちは、主のわざに励むべきです。どんな事があっても後ずさりせず、前進し続ける神の子供でありたいと願います。使徒パウロは、「いつも主のわざに励みなさい」と私たちに勧めます。

イエス様を信じる前の私たちの人生は、自分が中心でした。しかし、イエス様を信じた今、私たちは何をするにも神の栄光が現わされることを心がけ、人生のすべての領域において、イエス様が尊ばれ、イエス様を誇ることを願います。

ガラテヤ6:14に、「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです」とありますが、私たちは何をするにも、ただ神の栄光を現わすことを心がけ、日々、主のわざに励む者でありたいと思います。



Desert Wind  2020年 9月号・ニュース

◆  2日(日)の礼拝は日英合同礼拝となります

9日(日)は礼拝後12時半より役員会が持たれます。

16日(日)は礼拝後12時半より婦人会が持たれます。

今年の南カリフォルニア・クリスチャン・リトリートは828日、29日午前10時から12時までの二時間、オンラインリトリートとして持たれます。ぜひ皆さんがご参加ください。参加費は無料です。参加ご希望の方はSCCRのブログから申し込みをして下さい。

◆  今月もまだ新型コロナの影響で諸集会が制限されていますが、月曜日の聖書クラスは引き続きバーチャル聖書クラスが持たれます。(7月6日は都合によりお休みになりますが、13日からZoomにて通常通り行われます)

去る730日、治美姉妹とTodd兄弟の結婚式が執り行われました。おめでとう!


神による心の変化』(上)

証し:デービッド・ラブ

私は、7歳までは典型的なアメリカンファミリーライフをカリフォルニア州シミーバレーの素敵な家に住み楽しんでいた。私の父はビジネスを営み、母はジャーマンシェパードを育てる専業主婦だった。

私は3人兄弟の長男で、妹と弟がいます。休暇はRVで色々なところに行って、人生は素晴らしいものだったと記憶していた。

私が7歳になってすぐ、両親はいつものようにRVの旅を計画したが、この時はバケーションではなかった。この旅は、実は私の「本当の父」に会いに行くための旅であることを知らされた。

この時まで父だと思っていた父親は、実は自分の本当の父親ではなかったのでる。7歳児の私の脳では理解し難いことであったのは確かです。荷造りをして東海岸に向かい4、5日経ってバージニア州に入った。

カリフォルニアしか知らない7歳児には大きなカルチャーショックの始まりだった。次に起こったことは、私の家族はまず初めに父がRVで帰り、妹が飛行機で帰り、母と弟もその後を追った。残されたのは私と数秒後に父親と知ったお父さんだけだった。

バージニアでは父と1年半一緒に過ごした。父親を知る機会であったとともに、たくさんの新しい周りの人たち、学校、友達など、慣れないといけないことがいっぱいあり、幼い子が通るべきではない道も通らされた。

家や家族が恋しく、その時自分が一人ぼっちだと感じたのを覚えている。母と電話で話す機会があると、どれだけ家に帰りたいかと母に頼んだ事を覚えている。それを知った父は気分を害し、その父の怒りは時には私にとってよくなかった。

一年半バージニアで過ごした後、母の引越し先でもあるラスベガスに父と一緒に引っ越してきた。私がバージニアにいる間に、母と母の夫は離婚し、兄弟はカリフォルニアに住む彼らの父親と一緒に暮らすようになって家族が崩壊したことに気がついた。

ラスベガスの引っ越し先は、主にアフリカ系アメリカ人のエリアで、私たちは少数派だった。実際に私はそのエリアでたった一人の白人の子供だった。最初は受け入れられているという感じはなく、自分自身を証明する必要があるように感じたが、自分のニッチを見つけた。

私はスポーツが好きなので、私の父はフットボールにサインアップしてくれた。父も私も熱狂的なフットボールファンなので、これが私たち二人をつなげる唯一の共通点だった。

そこで、父と一緒にさらに1年半過ごし、週末には母と一緒に過ごすこともあった。私は母を訪問するのをとても楽しみにしていたので、その時間が終わって欲しくないと思った。でも母は仕事に行かなければならなかったので、実際には私が訪問中に多くの時間を一緒に過ごせたという訳ではなかった。そんな状況でも、私はそこにいたとき、家にいるような気分になった。

何が発端となったのかわからないが、11歳になった頃にはまた母親と一緒に住むことになった。とても嬉しかった。その後数回だけ父に会ったことを覚えているが、それっきり二度と会えなかった。父とは深く知り合うことはできなかったが、人生で何度も経験した絆の決裂は、私の人間関係に影響を与え始めていた。

母と二人だけで過ごした月日は、至福の時のように思えたが、状況は変わり始めた。もしかしたらその頃にわかるようになっただけなのかもしれないが、母は他の人と交際を始め、私にとってそれは受け入れ難いものだった。なぜ自分が母の交際をよく思えないのか考えることがよくあった。

それは、母の彼氏を高く評価しなかったことが一因だったが、主に彼が母と私との関係の競争相手になっていたからである。これらのことはもちろんあるべき姿ではなく、起こるべきことではないのは明らかです。しかし、これが離婚と家族崩壊の結果です。ここから先6年間も興味深いものだった。

母はホテルで勤務をしておりスウィングシフトだったので、毎日すれ違いの日々を過ごすようになった。その頃には私はかなり自立していて、自分のことは自分でやっていたので、母も助かっていたと思う。母はいつも私に必要なものは全て提供してくれたが、感情的には繋がっていないように思えた。それは時間とともに悪化して行った。


編集室・気まま便り

NHKの朝ドラで作曲家の古関裕而の自伝をドラマ化している。又別に古関裕而の手掛けた曲が紹介された。「イヨマンテの夜」「君の名は」「愛国の花」「長崎の鐘」「鐘のなる丘」等々私にとっては幼い時に慣れ親しんだ曲ばかりだった。

特に殺伐とした戦後、不安な日々を送っていた人々に明るい希望と慰めを与えた曲が多い。そこには平和を願う強い思いと深い愛が感じられる。

ドラマによると古関裕而の妻はクリスチャンであり、カソリック教会で讃美歌を歌う場面もあった。小心な夫を常に激励し、誰をも恐れず発言し、男尊女卑の社会傾向をもろともせず逞しく生きたその姿の奥に強い信仰があったと感じた。

音楽の素晴らしさと共に夫婦愛に感動させられるドラマである。

MN



 

LVJCC キリスト教 Q&A

Q生きることの意味が知りたい。聖書では何といわれてますか?」

 

A 生きることの意味? これは人類にとって壮大なテーマですね。実際のところ宗教や哲学をはじめ、あらゆる分野の学問において探求され続けてきた問いです。生きることの意味、あるいは生きる目的、いったいそれは何でしょうか?

さて、聖書的観点から人生を旅に例えてみます。その旅は、私たちが目的地を決めてから出発した旅ではなく、気がついた時には既に列車に乗っていたという旅です。

しかも、その列車には行き先が表示されていないのです。近くに座っている同乗者に尋ねても誰も最終目的地を知りません。しかし一つだけ同乗者の意見が一致していることは、次の停車駅が「死」という名の駅だということです。

ところが、その駅が終着駅なのか、それともさらに列車は走り続けるのか、その辺りになると同乗者の考えはまちまちです。

つまり人生は、肉体の死で終わりなのか、それとも死後の世界があるのかということです。仮に死後の世界があるとしても、肉体を離れた霊は一体どうなるのか? また「天国」とか「地獄」は本当に存在するのか? もしそれらが本当に存在するなら、「天国」に入るための条件は何か?など、答えが分からない疑問が次々に生じます。

では、人生という旅の意味と目的は一体何でしょうか? 人間は何のために生きて、どこへ向かっているのでしょうか? 人は誰でも、この世に生を受けた後、必ずこの世を去っていくことは分かっています。

しかし、人が生きるということはそれだけのことでしょうか? あるいは死後の世界があるのでしょうか? この問いは、人類の歴史が始まって以来、今日まで続いているテーマです。あなたは、どう考えますか?

あなたは、「私は何のために生まれてきたのか?」という問いに対し、あなたを造られた神に問いかけたことはありますか? 私たちは、自分の中に自分の存在意義を見出そうとしますが、自分の中に答えが見つかるでしょうか? それは無理です。なぜなら、私たちの存在は私たちによるのではなく天地万物を創られた神によるものだからです。

ですから、私たちは、神の言葉である「聖書」によって、生きる意味や目的についての確かな答えを得ることができます。聖書は、すべてが神から始まったこと、すべてが神によって創られたことを明らかにしています。つまり、この世は人間中心ではなく、神中心の世界として創ら

れたということです。また、神はご自分のために私たち人間を造られたのです。ですから、すべてが神から始まるということです。

 それを間違って、自分から出発してしまうと、私は何になりたい、私の目標、私の願い、私の夢というふうに、自分が中心になってしまいます。

しかし、そういう自分中心の考えでは、他の人に様々な不都合が生じ、最後には自分のところに跳ね返ってきて、自分を不幸にしてしまいます。

そういう生き方は、本来の生き方ではありません。私たち人間の本来の生き方は神だけがご存知です。なぜなら、私たちは神に造られた者であり、造った神だけが造られたものの生きる目的を知っておられるからです。

第一コリント6:20を見ると、人間は神の栄光を現すために存在していると書かれています。神の栄光を現すとは、神の御心に従い、神に喜ばれるように歩むことです。

そのために多くの素晴らしい教えが聖書の中に記されているのです。私たちがこの教えに従って生きるなら、私たちは神の祝福を豊かに受けることができます。この祝福は自分中心の生き方では絶対に経験できないことです。

私たちは神の栄光のために造られました。このことが理解できるまでは、人生は決して意味を持ちません。この目的が分かると、自分のなすべきことがはっきりします。それによって初めて私たちは有意義な人生を送ることができるのです。

しかし、いまだに一致団結は出来ていません。なぜなら、EUには、ドイツのような強国もあれば、イタリアのような経済的問題を抱える弱い国もあるからです。

イギリスのEU離脱もあり、EUの団結力はそれほど強くありません。まさに預言通りの状況です。また、ここ数年の中東からの難民が流れ込み、人種の混じ合いで、さらに一致ができない状態になっています。

しかし、現在のEUがこの最後の獣だとは言えません。なぜなら、十人の王(十本の角)がまだ現れていないからです。この十人の王(角)とは、実際に十人の支配者かもしれませんし、十の国、あるいは組織かもしれません。

この帝国がヨーロッパ限定なのか、あるいは全世界になるのか、今はまだ確定できませんが、その獣の国の中心がヨーロッパになることは間違いないでしょう。

その10人の王が現れた時、ローマという獣の完全復活が起こり、それが大患難時代の幕開けとなるのです。現在のヨーロッパの情勢は、まさにその獣の舞台準備段階と言えます。これも時のしるしです。

2018年5月、マクロン仏大統領が欧州連合軍を作る構想を打ち出しました。それは奇しくも10カ国からなる連合軍です。あるいはこれが預言の10カ国連合の姿になるのかもしれません。



 

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