DesertWind・ニュースレター June, 2022
『万物の終わりが近づいた』((第一ペテロ4:7-11)
LVJCC 牧師:鶴田健次
ところで、今年の一月下旬、フリーダム・コンボイが世界中で話題になりました。フリーダム・コンボイとは「自由の護衛団」という意味ですが、これはカナダ政府が国境を超えるトラックドライバーたちにワクチン接種を義務付けたことに対する抗議デモでした。
カナダ中から5万台のトラックが集まり、その行列は70キロの長さに及び、140万人もの支持者たちが首都オタワに集結して国会議事堂の前で抗議デモをするという、史上最大の抗議デモとなったのです。しかも、5万台のトラックのドライバーたちの8割がワクチン接種者でした。それはどういうことかというと、彼らはワクチン接種の義務化に抗議するというよりは、政府がコロナを利用して権力を肥大化させていることに対する人々の怒りを代弁するものだったのです。
主流メディアは、それは抗議デモという範疇を超えた迷惑行為また違法行為だとして、極力、この抗議デモを報道することを避けましたが、インターネット上では世界中で注目を集め、実際には、この抗議活動に続く動きが世界の至る所で起こりました。
確かに、アメリカでも政府の権力が増し、国民の自由が少しずつ奪われつつあるように感じることがあります。アメリカから民主主義が失われ、共産主義、さらには全体主義に向かっているかのようにです。かつてのドイツのヒトラーやソ連のスターリンの時のように、個人の自由を認めず、個人の生活や考えを国家全体の利害と一致するよう統制しようとする動きです。
主流メディアは真実を伝えないことが多いので、一般市民は自国や世界の実態を見極めるのが困難です。しかし、聖書の終末預言によれば、終わりの時代に反キリストによる世界政府が誕生することになっています。それは究極の全体主義です。聖書によれば、世界はそこに向かって進んでいくことになっているのです。
そう考えると、グローバリストたちによって推し進められている新世界秩序への動きから目が離せません。なぜなら、その延長線上に反キリストによる世界政府を連想せずにはおれないからです。イエス様は、時のしるしを見分けるようにと言われました。ですから、クリスチャンは世界の動向に注意深くなくてはならないのです。
ところで、聖書の歴史観は、螺旋(らせん)のようにぐるぐる回っていく仏教的また東洋的な概念ではなく、始まりと終わりのある一本線上を終末に向かって直線的に進むという概念です。つまり、すべての人に誕生と死があるように、世界の歴史にも始まりと終わりがあるというのが聖書の教えです。
ただ聖書が教える世界の終わりは、「生き物が少しずつ弱って、やがて息を引き取る」というようなプロセスではなく、神が「今だ」と思われた時に突然やって来るというものです。
このペテロの手紙には、はっきりと、「万物の終わりが近づいた」とあります。かつて、この世の歴史はどこまでも発展していくものだと勝手に思われていましたが、今日、それぞれの分野の専門家たちが、地球にも寿命があるということを言うようになりました。
地球の温暖化、オゾン層の破壊、石油や天然ガスなどのエネルギー資源の枯渇、また至る所で環境破壊が進んでいます。今や地球が死に瀕しているというのです。しかし、聖書が私たちに語る「終わりの時」というのは、そのように人間の知識や経験に基づいて捕らえられている地球の終わりというものではありません。
創世記の1:1には、はじめに神が天と地を造られたという天地創造の記録があります。この世界は自然に出来たのではなく、偶然の積み重ねで進化したのでもありません。
神がすべての物をお造りになったのです。そこから世界の歴史が始まったのです。そして、すべての物に始まりを与えられた神が、すべての物に終わりをもたらされるのです。神は、ご計画に基づいて世界を始め、そして世界を終わらせるのです。
そして聖書は、「万物の終わりが近づきました。ですから・・・・・」と話を続けるのです。それは、今の世の終わりは、来るべき永遠の世界の始まりであることを示唆しています。
だから、もしこの世の「終わり」が永遠の「始まり」だとしたら、「終わり」のあり方について考えることは非常に重要な意味を持つのです。なぜなら、その人がどういう終わりを迎えるかによって、その人の永遠が決定するからです。
ペテロが7節で、「万物の終わりが近づいた」と言ったのは、終末の審判の時が近づいているという意味です。だから、その時がいつ来ても慌てないように、「祈りのために、心を整え身を慎みなさい。何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい」と勧められているのです。
Desert Wind 2022年 6月号 案内・ニュース
◆ 6月05日(日)の礼拝後、愛餐会ののち日英合同で役員会が持たれます
◆ 6 月12 日(日)は礼拝後に婦人会が持たれます。女性会員の方々は皆さんご出席ください。
◆ 6月19日(日)は父の日礼拝がありますl。日ごろ家族のために一生懸命に働き、生活を支えて下さった全てのお父様に感謝の意を表しましょう。礼拝後は愛餐会があります。
◆ 6月19日(日)の愛餐会後は映画鑑賞会がございます。今回の映画は「Son of God」で日本語の字幕付きです。
『神様の導き・下』
証し:ジョン・カルロ
私はちょうどそこでイエスが罪に定められているところを読んでいましたが、なぜイエスが苦しみを受けておられるのか理解できませんでした。
イエスは病人を癒し、わずかな食物で何千人もの人々を養い、数々の奇蹟を起こされました。すると、聖霊が私の心に語り掛けられたのです。イエスが十字架に架けられたのは、あなたの罪のためだったのだと。
私は心砕かれ、私の罪の代価となられた神の御子を受け入れました。 神の子供としての私の新しい人生が始まったのです。
刑務所では、時々日曜日に牧師が来てくれて、聖書研究や礼拝が持たれました。しばらくして神様が、トムという人を私のために送ってくれました。彼は一生涯神様の僕として生きた人でした。私達の関係はちょうどパウロとテモテのようでした。
私達が出会った頃彼は50代前半で、私は19歳という時でした。彼は弟子訓練として聖書の教義を通して私を導いてくれたのです。
それらの中には、救い、救いの確信、バプテスマ、御霊の実などが含まれていました。彼は刑務所伝道の経験によ
り、私の刑期が終わり自由の身に戻るだろうことが分かっていたので、出所後の家の住所、電話番号、裁判の日程等を収集したのです。判決の時が来て、裁判官は私に犯罪のために奉仕をする時間を与えてくれました。
私は刑務所で過ごした時間に対して14ヶ月のクレジットが与えられ、親友と彼の母親と一緒に暮らすために戻りまし
た。刑務所から出て最初の土曜日の夜のこと、トムは電話をかけてきて、翌日の日曜日に私を彼の教会シャイニングライトバプテスト教会に招待してくれました。
それは神が天の窓を開けて下さったようでした。5週間後、私はバプテスマを受けて教会の一員になり、LVJCCに教会籍を移すまで、この教会に籍を置きました。
神様は新しい教会での霊的な導きは、バス・ミニストリーで奉仕するよう示されました。バス・ミニストリー は、近所の子供たちを訪問し、両親の許可を得て日曜日の朝に彼らを迎えに行くことなどを含んでいました。ある日曜日の朝、若い説教者がカリフォルニアから訪れてダニエル書3章から説教をしました。
そして、説教の最後に、3人のへブル人たち(シャデラク、メシャク、アベデネゴ)がしたように、私達の人生を神に捧げるようにと求めました。私は主の働きのために、私の人生を神に捧げるよう召しておられると感じました。
そして2010年3月、私は献身の決断をしてその年の秋、故郷を離れバイブルカレッジに入学しました。バイブルカレッジにいる間、主は更に私の心に宣教師になるよう働き始められました。
私はバイブルカレッジを卒業し、テキサス州ボウイにある聖書バプテスト翻訳者協会に入学しました。ここで私は、日本が世界で最も多くのイエスを信じない人々のいる国であることを知りました。
B.B.T.I.は、海外宣教の訓練を専門とする学校です。それはまるで、神様が日本の救いを私の祈りに注ぎ込んでおられるかのようでした。
私は卒業しノースカロライナに戻る途中、テキサス州のヒューストンにある友人の家に立ち寄りました。翌朝、聖書を読むために目を覚ますと、神様はイザヤ書45:6から私の心に語られました。
「それは、日の上る方からも、西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主である。ほかにはいない。」 仕事でノースカロライナに戻った時日本人教会を見つけました。先生は日本から来られた方で、日本語を教えながら宣教をしておられました。
先生は私を受け入れて下さり、それから1年半の間、私に日本語を教えてくださいました。私はここでもバス・ミニストリーの働きを続けました。神様は私を一歩一歩ご自分との歩みの中に導くために用いて下さいました。
これらすべてに関わった主の働き人達に感謝します。神様はこうして私の召しを確認させ続けてくださっていたので
す。
仕事を探している内に私は最終的にラスベガスにやって来ました。最初の週にLVJCCのウェブサイトを見つけ鶴田先生にお話を伺い、礼拝に出席しました。
私はこの教会で神の備えと祝福を見出しました。祈りを通して、神は私にここで仕えるように言われました。私はLVJCCの一員であることを祝福だと思います。この教会を始め、また支えておられる皆さんの心から感謝します。
編集室・気まま便り
最近めざましい進化をとげたサイボーグや、人間と機械の融合についてのテレビ番組を見た。
例えば内耳にある蝸牛管がなんらかの原因で機能しなくなった人に特殊な機械を挿入して聞こえるようにするとか、背骨損傷のために下半身不随となり歩けなくなった人の脳神経と足の神経を繋ぐ機械を装着する事によって歩けるようになったり、今迄あきらめていた事が次々と可能になってきている科学や医療の進歩には驚かされる。
ドクターの受付や飛行機のチェックインも機械で入力できるようになった。いつか人間の精神面も機械で操作できるようになるかもしれないと思うと恐ろしくさえなる。それが良い方向に使われるようにと切に願う。
MN
△▼△▼ LVJCC キリスト教 Q&A △▼△▼
Q エゼキエル戦争はいつ?なぜ?起こるのでしょうか。
A患難時代の前に起こるとされているものの中に二つの大きな出来事があります。それらはエゼキエル戦争と携挙です。それらは突然やって来ます。そして現在の世界情勢はそれらが直ぐに起こるであろうことを示唆しています。この二つの出来事は患難時代に突入するタイミングを知るうえで非常に重要な意味を持っています。
①エゼキエル戦争はいつ起こるか?
ゴグ(ロシア)がイスラエルに侵入するタイミングについては、まずエゼキエル書38:8に次のように預言されています。この前後を読むと、ここで言われている「あなた」とはロシア、「一つの国」とはイスラエルのことであることが判ります。
「多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年に、一つの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。」(エゼキエル38:8)
ここでは、ロシアのイスラエル侵攻が、①多くの日が過ぎた、②終わりの年、③イスラエルが剣の災害から立ち直り、④その民が多くの国々の中から集められ、⑤久しく廃墟であったイスラエルに住み、⑥彼らが安心して住んでいる時、だと言われています。
限られた紙面ではその詳細についての説明ができませんが、ここでの描写は明らかに現在のイスラエルにピッタリです。
さて、エゼキエル戦争と携挙が起こるタイミングは、他の終末預言に照らし合わせれば、幾つかのシナリオが考えられます。まず第一のシナリオは、エゼキエル戦争は携挙の直前に起こるというものです。戦争と携挙の後、患難時代の始まりに、反キリストはイスラエルと他の多くの国々と平和条約を結び、偉大な平和主義者として歓迎され、世界政府の総督へと昇りつめていきます。
次に第二のシナリオは、エゼキエル戦争は携挙と同じ日に起こるというものです。そして第三のシナリオは、エゼキエル戦争は携挙の直後、患難時代の開始時に起こるというものです。携挙によって、クリスチャンと聖霊がこの世から取り除かれると、反キリストはロシア、イラン、トルコ、リビア、スーダンの指導者たちに影響を与えてイスラエルを攻撃させるのかも知れません。
バイデン政権は発足以来、すべての問題(経済、国内安全保障、国家安全保障、対外関係など)において弱さと無能さを世界に露呈しました。東側諸国は米国とその指導者を嘲笑し、超大国アメリカに対する尊敬と恐れを失くしつつありますが、主流メディアとビッグテックはこれをひた隠しにしています。
ロシアとその連合国の指導者たちは、この弱さと無能さをイスラエルに対する攻撃を開始する機会と見なす可能性があり、米国が現在の貧弱なリーダーシップを維持している間に攻撃を開始したいと考えているかも知れません。現在のバイデン政権の弱さと無能さは、 これらの三つのシナリオのいずれかがすぐに始まる可能性を感じさせます。
②なぜロシア連合軍はイスラエルを攻撃するのか?
ではいったい何がこのイスラエル侵攻の動機となるのでしょうか。もちろん表向きにはさまざまな大義名分が掲げられるでしょうが、人の心を見抜いておられる神は、その本当の理由を「イスラエルの財産を略奪するため」と暴いています(ゼキエル38:12-13)。なぜならイスラエルにはロシアが目の色を変えて侵攻したくなる重要な財産があるからです。
現代のイスラエルは、高度な技術力を背景としたハイテク産業を中心に経済成長を続けています。そして何よりも、近年になって大規模な油田と天然ガス田が見つかり、ヨーロッパへ輸出されるようになったのです。
ロシアは、イスラエルが天然ガスをヨーロッパに輸出することを快く思わないでしょうし、何よりもロシア自身がそれを手に入れたい筈です。だからと言って断定はできませんが、それがロシアのイスラエル侵攻の理由として十分に考えられることです。
また、もうひとつ見逃してはならない大切な理由は、この戦争を起こすのは主であるということです(エゼキエル38:16)。つまり主がこの戦争を容認されるのです。
なぜなら、それはこの戦争を通してイスラエルが主を知るためであり、また主と主の民イスラエルに敵対する国々に裁きを下すことによって主がおられることを示すためなのです。
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