LVJCC・ニュースレター | April 2020

ラスベガス日本人教会

DesertWind・ニュースレター April 2020

 

『世界の日時計』(イザヤ46:9-10

LVJCC 牧師:鶴田健次

 

ところで、皆さんは「世界の日時計」という言葉を聞かれたことはありますか? 日時計というのは、太陽が移動することによって生じる影の角度を読み取って時間を認識するものです。

そこから転じて、「世界の日時計」というのは、イスラエルの置かれた状況を聖書預言に照らし合わせて見ることで、現在が終わりに向かう世界の歴史のどの辺に当たるのかが判るという意味でそう言われるのです。

聖書の預言は「予測」とは違います。どうなるか分からない将来を予測するのではありません。聖書の預言は、神の言葉を預かった預言者が語ったものです。したがって聖書の預言は必ずその通りに実現するのです。

たとえば、マラソンをヘリコプターで中継する場合、ヘリコプターから走っているランナーを見ると先頭も中間も最後尾も、すべて同時に見ることができます。しかし、歩道で応援をしている人々は、目の前にランナーが来るまで、誰が来るか、何番で来るか分かりません。

私たち人間は歩道でマラソンを応援している群衆です。つまり時間に拘束されている存在なので将来の予測はできても将来を見ることはできません。ですから、どんな専門家の予測でも当たる時と当たらない時があるのです。

ところが、時間に制約をされない神は、いわば世界の歴史を上から見ておられるので、2000年前のことも、現在のことも、未来のことも、すべて今のこととして見ておられます。したがって聖書の預言は必ず当たるのです。

そこで、聖書預言と実際の世界の歴史を見比べて、聖書預言の内容が一つも違わず、すべてその通りになっているとすれば、この聖書を書かせたお方は時間を超越して存在しておられる神であると考えるのが最も理性的な捉え方だと言えないでしょうか。つまり、聖書が明らかにしているように、全宇宙を創造された神が本当におられるのだということです。

聖書は、世界の始まりと終わりを明らかにし、その間を一本の線で結び、その一本線上の世界の歴史をイスラエル民族の歩みにスポットライトを当てて描いています。

その内容の要点を挙げますと、天地創造から始まり、最初の人アダムの堕落、ノアの洪水、バベルの塔、イスラエルの始まり、イスラエル民族のエジプトでの生活、イスラエルのエジプト脱出、イスラエルの荒野での生活、イスラエルによるカナン攻略、イスラエルの暗黒時代、イスラエルの統一王国時代、イスラエルの分裂王国時代、バビロン捕囚、エルサレムへの帰還と第二神殿の再建。

そして、400年間の中間時代を経て、イエス・キリストの誕生、イエス・キリストの十字架と復活と昇天、聖霊降臨による恵みの時代の到来、エルサレムの陥落とユダヤ人の離散、ユダヤ人のエルサレム帰還とイスラエルの建国、エゼキエル戦争、世界政府の誕生、キリストの空中再臨と教会の携挙、患難時代、ハルマゲドンの戦い、キリストの地上再臨、千年王国、未信者の復活と最後の審判、新天新地などです。

さて、長い世界の歴史において最も最近起こった聖書預言の成就は、イスラエルの建国です。現在中東にはユダヤ人国家であるイスラエル共和国が存在しますが、1948年以前には存在しませんでした。イスラエルは、西暦70年にローマ帝国によって滅ぼされて以来、約1900年間、地上には存在しない国でした。

ところが、1948年に様々な政治的な経緯を乗り越えてイスラエル共和国が再建されたのです。そして1967年の第三次中東戦争を経て、エルサレムの支配権が再びユダヤ人の手に戻りました。この時点で、聖書の終末預言の「イスラエル」と「エルサレム」に関する預言がすべて文字通りに成就する舞台が整ったのです。

このようにAD70年のユダヤ国家の滅亡以来、成就しようがなかった終末預言が、文字通り成就することが出来るようになったということは、現代は「世の終わり」の時期がいよいよ押し迫って来た時代であると言えるのです。

 


 

Desert Wind  2020年 4月号・ニュース

新型コロナウィルスの感染拡大のため礼拝をはじめ、教会での諸集会を持てなくなりました。それに伴い、3月22日より、それぞれが家庭において礼拝を持てるようインターネットで皆様に聖書のメッセージをお届けしています。現代はいろいろな意味で不確かな時代です。

今後もどういう理由で教会での集会を持てなくなるか知れません。しかし、たとえどのような状況になろうとも、置かれた所で主を礼拝し、愛する兄弟姉妹たちのために祈り合い、励まし合い、助け合いながら、私たちの前に置かれてる競争を、忍耐を持って走り続けたいと思います。



編集室・気まま便り

最近絵本作家のターシャ・テユーダーの日常生活の写真と言葉集が書かれた本を読んだ。  アメリカ東部バーモント州の山奥で、昔ながらの薪ストーブで料理し、山羊を飼い、ミルクからバターとチーズをつくり、自分で育てた有機野菜を食べている。

便利になった世の中の生活をよそに、今でもこのような素朴で手間のかかる生活を心から楽しんでいる人がいる。そして「私にとって、人生で一番大切なことは心の充足です。与えられた運命、自分が置かれている環境に満足して生きることです。」そして

「愛に対して懐疑的になってはいけない。無味乾燥と現実主義の世の中にあっても、愛は雑草のように生き続けるものなのだから。」心に響く言葉でした。

MN



 

LVJCC キリスト教 Q&A

Q 蛇のようにさとく・・・」とありますが、あまり良い意味には聞こえません。どういう意味ですか

 

蛇のようにさとく・・・」という言葉はクリスチャンが時どき使う言葉ですが、確かに「蛇のように」と聞いて違和感を覚える方もおられるかも知れませんね。それは「蛇のように」という表現が蛇のずる賢さを連想させるからでしょうか。そして、そのようにあるようにという勧めが、あまり良い意味に聞こえないということなのでしょう。

そこで、この言葉の意味を正しく理解するためには、まずこの言葉が語られている聖書の文脈を知る必要があります。この言葉はイエス様が弟子たちを福音宣教のために世に遣わされたときに語られたものです。イエス様はこのように言われました。

「いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。」(マタイ10:16)

当時、イエス様の教えは、それが革新的な教えであったために、伝統的なユダヤ教社会から激しい迫害を受けました。また神に敵対するこの世もイエス様に敵対するわけなので、主イエスの十字架と復活を宣べ伝える弟子たちは行く先々で人々の悪だくみによって命の危険にさらされることがありました。

そういう状況の中で福音宣教の働きに携わる弟子たちにとって、さまざまな危険に対し、蛇のようにさとくなることで特別な注意を払うことは不可欠なことでした。しかし同時に、この福音宣教の戦いは、本来、血肉に対する戦いではなく、天上にいる悪の霊に対する戦いなので、人々に対しては「鳩のように」素直で、優しく振る舞う必要があったので、イエス様は「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」と言われたのです。

サタンは、しばしばクリスチャンに対し御言葉を用いて誘惑してきます。たとえば、エデンの園において蛇に変装したサタンは、エバに御言葉に対する信頼と従順を試しました。また荒野において、サタンは御言葉を不適切に用いてイエス様を騙そうとしました。

そこでエバはまんまとサタンの策略に乗って罪を犯してしまいました。つまりサタンは神の御言葉の真実を曖昧にし、御言葉に背かせることによってエバを神から引き離すことに成功したのです。それはエバに「蛇のような」賢さがなかったからです。

それに対して、イエス様はサタンの御言葉の乱用を見抜き、代わりに正しい御言葉の引用をもってサタンを退かせてしまわれました。それはイエス様がサタンの巧妙な誘惑に対して「蛇のようにさとく」あられたからです。

そのように、私たちが「蛇のようにさとく」なるということは、このサタンの巧みな策略を見抜くことです。私たちはサタンの意図的な聖書解釈の間違いを見破らなければなりません。そのためにも、私たちは御言葉をよく学び、御言葉に慣れ親しみ、御言葉の理解と解釈において賢くならなければならないのです。それが「蛇のようにさとく」あることだと言えるでしょう。

 

 


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