DesertWind・ニュースレター January, 2025

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『信仰の核心』(第一コリント2:1-5)

 

LVJCC 牧師:鶴田健次

 
使徒パウロは、第一コリント15:3-5で、福音の三つのエッセンスを伝えています。それは、①キリストが私たちの罪のために死なれたこと、②また葬られたこと、③そして、三日目によみがえられたことです。それが、何世紀にも渡って真の説教者たちが宣べ伝えて来た福音であり、これによって多くの人々が永遠の滅びから救い出されて来たのです。

今日、多くの牧師が福音ではなく、耳障りの良い話やハッピーな気分にさせる内容を説教の中心にしています。特にアメリカのメガチャーチではその傾向が強く見られます。時にはそうした話も必要ですが、常にそれが中心になるのは問題です。

パウロにとって、「十字架につけられたイエス・キリスト」こそ福音の核心であり、信仰と信仰生活のすべての出発点でした。私たちも福音の本質を見失わず、キリストに基づく信仰を大切にするべきです。

① パウロの伝道

1節でパウロは、「・・・私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした」と言っています。彼がそう言うのは、優れた言葉や知恵を用いて語れなかったからではありません。パウロは、優れた言葉や知恵を用いようと思えばいくらでも用いることができた人でした。

彼はユダヤ人の中でも、最高の教育を受けた人です。イエス・キリストを信じる前の彼は教会を迫害する人々の先頭に立ち、優れた言葉と知恵で、イエスを信じる人々がいかにユダヤ人の伝統を破壊する危険な存在であるかを人々に説いて回ったのです。

その彼が、キリストに出会い、キリストを信じ、キリストの福音を宣べ伝える者となった時、彼は優れた言葉や知恵を用いることをやめたのです。それは「十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまい」という決意によるものでした。

この決意は、パウロ自身の生き方の根本に関わるもので、何を信じ、何に依り頼んで生きるか、あるいは誰と共に生きるか、ということです。その新しい生き方をもって彼はコリントで伝道したのです。

 ② 十字架につけられたキリスト

ところで、パウロが「十字架につけられたキリスト」と言うとき、この「キリスト」という言葉は、誰かの名前ではありません。「キリスト」という言葉は、ギリシャ語で「油注がれた者」という意味です。旧約聖書において、人に油を注ぐということは特別な意味を持っていました。人に油を注ぐということは、神がその人を特別な努めに任命されたということを意味しています。

ですから、イエス様という方は、神が全人類を罪の刑罰である永遠の滅びから救い出すために、油注ぎをして任命された「救い主」であり、また死からよみがえられた復活のキリストであるということです。 確かに、このキリストが十字架に架けられて死なれたということは歴史上の出来事です。

またこの「十字架につけられたキリスト」は、今も霊的な現実として、聴く者に語りかけられる神の言葉です。つまり、「十字架につけられたキリスト」とは、復活のキリストが、聴く者に向かって、「わたしはあなたのために死んだ」と語りかけておられる神の言葉なのです。

  ③ 十字架のキリストこそ信仰の原点

パウロはコリントにおいて、「十字架につけられたキリスト」だけを宣べ伝える決心をしました。なぜなら、アテネでの苦い経験があったからです。使徒の働き17章によれば、パウロはアテネで雄弁に説教し、聴衆の興味を引くことには成功しましたが、彼が死人の復活を語り始めると、聴衆は興味を失い、「またいつか聞くことにする」と言って去って行きました。この時、パウロは十字架についてはまだ語っていませんでしたが、もし語っていたとしても、聴衆はそれを「愚かなもの」とみなして離れて行ったに違いありません。

この経験から、パウロは雄弁や興味深い話だけでは人々の心を動かすことができないと悟りました。聖霊の働きがなければ、人々は福音の核心である十字架と復活を受け入れることはできないのです。一方、聖霊が働くならば、同じ福音を通して一度に3000人がキリストを信じるという奇跡が起こるのです。

このような背景から、パウロは自分の力や知恵に頼らず、聖霊に全てを委ね、聖霊が働かれ易いように「十字架につけられたキリスト」だけを語ると決心したのです。このキリストこそ福音の核心であり、私たちの信仰の原点なのです。



11年ぶりの訪日』

証し:中島マリ子姉

昨年の10月に3週間ほど11年ぶりに日本を訪問して来ました。ニュースで見ていたのですが、円安になってから、大勢の外国人観光客で賑わっていました。

はじめの1週間は中学の時からの友達6人が集まってくれて、国会議事堂近くの高級レストランで歓迎会をしてくれました。秋の食材として最高の松茸懐石料理には豪勢な個室の雰囲気と共に満喫しました。無邪気だった中学の頃に戻って和やかな思い出話で盛り上がりました。結婚して子供に恵まれなかった人もいますが、ほとんどは孫の居るおばあちゃんです。

その内の4人と共に新宿から高速バスに乗って、前もって友達が予約してくれた箱根に3日間行きました。今私の住む砂漠地帯のラスベガスとは違い、こんもりと緑の木々が茂り、一面にススキが生えているススキが原を散策して、夕方は温泉に入り疲れを癒しました。温泉はアメリカで生活する者には訪ねたいところの一つです。

箱根の後は小田原までバスに乗り、新幹線に乗って次男の住む岡崎へと向かいました。新幹線はとても便利ですが、乗車券が割高だと思いました。それで最近は飛行機を利用する人が増えたそうです。前もって調べなかったので、名古屋まで行って、しかも岡崎終点の各駅停車に乗ったために以外と時間がかかり、どっと疲れを感じました。

次男には7才と4才の娘がいるので、家を借りて住んでいましたが、アメリカに比べて小さいが、大変便利にできているのには感心しました。ちょうど次男の妻は岡崎出身の人なので、魚が水を得たようにまめに車を運転してはりきって生活している姿を見る事ができ安心しました。

数年に一度勤めているトヨタアメリカからバイリンガルの人材が必要な時は会社がすべての費用を負担してくれて、日本に転勤となります。子供達がまだ小さいので、地域の日本の小学校と保育園に通わせていますが、小学校高学年と中学以上になると、インターナショナルスクールの費用を会社が負担してくれるそうです。

振り返ると子育ての頃はいつも時間に追われて、心に余裕がなかったために親として何一つ十分にはして上げられなかったのですが、神様の憐れみと助けによって子供達を見守り育てて下さった事に感謝しました。

京都に住む兄とようやく連絡がとれて、京都の大丸で待ち合わせて、ランチを共にしながら、26年ぶりの再会を喜び合いました。以前からメールのやり取りはしていたのですが、顔をみるなり、「宣教はしないでください」と言われてしまいました。

兄の専門は政治経済学部だったので、リタイアした後も政治には深い関心があり、今はイスラエルとハマスの問題について話したかったようですが、「マリ子とではきっと真逆の立場になると思うので、議論は辞めておく。」と言ってニヤッと笑っていました。

ラスベガスから9月はじめに富山に永住のため帰って住んでいる友達から、連絡があり、急に訪ねる事となりました。京都駅から北陸新幹線に乗って行ったのですが、京都駅は外人観光客のグループで大変な混みようでした。見ていると、駅員の外国語対応が充分ではないように見かけました。

黒部宇奈月温泉で降りて、プリプリした取り立ての魚のお寿司を満喫して、温泉に入り、至福の時を共に過ごしました。翌日はトロッコに乗って紅葉の始まりかけた山の風景を眺めました。ここにも少数ですが、外国人観光客が来ていました。

最後、日本を経つ前に国分寺に住む従兄弟に頼んで、東村山にある東京聖書学院と隣接した教会に行くことができました。突然でしたが、北米ホーリネス教団の教会に属していたことと、先生方の事をお話したら大歓迎を受けました。

月曜日だったので、誰もいない会堂で写真を撮ってきましたが、「私の愛する家族、親戚、友達が一人でも多く救われるように、私が何をしたらよいか、聖霊を通して教えてください」と祈ってきました。最近は牧師志願者が減少の傾向にありますが、日本にリバイバルがおこるように日本とアメリカのホーリネス教団の先生方と協力し合い、祈りあっていきましょうということでした。

日本に行く前は皆さんに神様のお話しをする事ができたらとはりきって行ったので、ほんの少しでもチャンスがああれば一生懸命語ってきました。日本旅行を終えて今浮かんでくるみ言葉はこれです。「人はパンだけで生きる者ではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである。」(マタイ4:4)

 


編集室・気まま便り

「誰でもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」
(ヨハネ 14:23)

このみことばのようにまず私達の方から「イエス様を救い主として受け入れます。これから信じて生きていきます。」という信仰告白をして、新しい人生を歩み出すのです。

そして日々みことばを読んで、実行して行ったら、このみことばのように天の父なる神様が私を愛し、聖霊が私の心に宿るようになります。そして心に真の平安が’与えられ、全く新しい人生が始まるのです。

昨年は色々な事がありましたが、神様が与えて下さった新年を 共に助け合いながら、希望を抱いて歩みましょう      MN



 

LVJCC キリスト教 Q&A

 

Q 「不正の富で友を作りなさい」とはどういう意味ですか?

 

「そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富で友を作りなさい。そうすれば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを永遠の住まいに迎えてくれます。」(ルカ16:19)「不正の富で友を作りなさい」という言葉は、上記のとおり、聖書のルカの福音書16章9節に登場します。この箇所は「不正の管理人のたとえ」に関連しており、少し理解が難しい部分があるので背景とともに解説します。

1.背景:

このたとえでは、不正を行っていた管理人について語られます。管理人は、自分が主人の財産を管理する責任を果たさず、不正に扱っていました。解雇されると知った管理人は、未来を確保するために、主人の負債者たちに負債額を減らすことで恩を売りました。この行動は利己的ですが、聖書のたとえでは「賢明である」と評価されています。

2.「不正の富で友を作りなさい」の解釈

このフレーズは、たとえの結論部分に出てくる言葉です。ここで言う「不正の富」とは、私たちがこの世で持っているお金や資産のことを指します。これらは一時的なもので、やがて消え去るものです。そのため、これをどのように用いるかが重要だと聖書は教えています。

3.主なポイント

・ 「不正の富」とは何か: 聖書的な視点では、この世の富は完全に清いものではありません。お金には利己的な目的や罪深い動機が絡むことが多いからです。それでも、私たちがそれをどのように用いるかで、霊的な価値を生むことができます。

 ・ 「友を作る」とは何か: この場合の「友」は、地上的な友人というよりも、永遠の観点から助け合う人々、特に天国で出会う人々を指していると解釈されます。つまり、富を使って他者を助け、愛を示し、神の国に結びつく行いをすることが強調されています。

 ・ 永遠の視点での富の使い方: 私たちの富を使って、貧しい人を助けたり、福音を広めたりすることで、神の前での真の価値を築くことができます。このような行いは、神の国で「友」を作り、永遠の報いにつながるとされています。

 4.現代における適用

この教えは、富や資産をどのように用いるべきかを考える指針になります。ただ自分のために使うのではなく、それを他者のために使い、神の目的のために捧げるべきだということです。具体的には、貧しい人々への援助、教会や宣教活動への寄付、地域社会や福祉活動への参加などが考えられます。

 5.注意点

このフレーズは、不正や不義を正当化するものではありません。「不正の富」という表現は、富そのものが中立的であり、その使い方次第で善にも悪にもなることを示しています。私たちは与えられたものをどのように管理し、神の栄光のために用いるかを問われているのです。「不正の富で友を作りなさい」という教えは、富を一時的なものと見て、それを永遠の価値を生むためにどのように活用するかを考える呼びかけです。この視点を持つことで、私たちの地上的な資源も、霊的な祝福へと変わるのです。

 


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