ラスベガス教会のはじまり

『わたしは荒野に道を設け、砂漠に川を流れさせる』(イザヤ43:19)

砂漠の町ラスベガス。少し車を走らせるだけで、そこに見えるものはすべて荒れ果てた砂漠。こんな所に人はこの華やかな不夜城ラスベガスの町を作った。世界一のカジノ、世界一のエンターテインメント、世界一のトレードショー、そして世界に類を見ないユニークで巨大なホテル群。一年間に4500万人もの人が訪れると言われるアメリカの名所(?)。まばゆいイルミネーションに浮かび出される華やかな町並みを見ると、ここが砂漠の町であることを忘れてしまう。そしてここを訪れる誰もが一瞬自分の現実を忘れ、虚像の世界に身を置きながら訳の分からない錯覚に陥ってしまう。 

その華やかなラスベガスのイメージとは裏腹に、この町に居る多くの人々の心は砂漠のようであり、道も川もない荒れ果てて渇ききった荒野に似ている。自分の人生に確かな道を持たない、また自分の心に潤いと平安と喜びがない、いわば心の砂漠。人は砂漠の中にこの華やかな町を作る事ができても、心の砂漠に道も川も作る事ができない。それを作る事ができるのはイエス・キリスト以外にはいない。「わたしは道である」と言われたイエス・キリストだけが心の荒野に道を設け、その人に進むべき道を示す事がおできになる。そして「わたしが与える水は、その人のうちで泉となる」と言われたキリストだけが心の砂漠に川を流れさせ、人の心に本当の潤いをお与えになるのだ。

そんなラスベガスで日本人のための教会開拓を始めたのは2001年12月1日のことである。家内と私にとって、これは二つ目の教会開拓であった。当時ロサンゼルスの郊外に住んでいた私たちは、毎週、金曜日に車でラスベガスを訪問し、日曜日の午後ロサンゼルスに帰るというかたちで日本人伝道と教会開拓の働きを始めた。長い間、友人の安藤英世牧師が定期的にロサンゼルスからラスベガスを訪れては福音の種を蒔いておられたが、ロサンゼルスでの働きが忙しくなり、ラスベガス訪問を続けることが難しくなっておられたところであった。

そこで安藤牧師に代わって私たちがということになったわけであるが、紹介していただいた何人かの方々の中にどこの教会にも行っておられない夕紀子さんという日本人のクリスチャンがおられた。家内と私は、まずこの人をということで一緒に祈り、将来の夢を語り、聖書の学びを始めることにした。また、韓国人の教会に行っておられた日本語の解かる基江さんという韓国人女性がおられ、その方も時間を都合して聖書の学びに来て下さった。

右も左も分からないラスベガスで、大学に行けば日本人の留学生に会えると思い、行ってみた。アジア系のスーパーマーケットに行けば日本人に会えると思い、行ってみた。また日本食レストランに行けばと思い、探して行ってみた。日本人は一体どこに住んでいるのか、色んな手掛かりをたどりながら、とにかく毎週の訪問だけは欠かしてはいけないと思い、片道500キロの道を家内と二人で毎週通い続けた。

長い道のりを運転してラスベガスに着くと、いつも先ほどの二人の女性が待っておられたが、何度か夕紀子さんだけしかおられない時があった。あるとき、彼女と聖書の学びを終えてロサンゼルスに帰る途中、車を運転しながら、ふと私の思いの中に「はるばるロサンゼルスから時間とお金と体を使って、往復1000キロもの距離を運転して来ているのに、たった一人の人とだけ聖書を勉強して帰るんじゃ割に合わないな…」という思いが沸いてきた。 

そう思いながら運転をしていると、私の心の中にピリピ人への手紙2章6-8節の御言葉が示された。そして、イエス様が聖霊によって私の心にこう語り掛けられた。「わたしが天にある神の位を捨てて、あなたのためにこの世に来たのと、あなたが一人の人のためにロサンゼルスからラスベガスに来るのと、どちらが割に合わないだろうか……?」そういう問い掛けだった。私は、その問い掛けに、胸を刺される思いがした。私は人の魂の価値を何と思っているのだろうか…と思った。車を運転しながら、私は、「イエス様、もちろん、あなたが私のためにこの世に来られた事の方が、はるかに割に合わないことです。もうこれからは二度と一人では割に合わないなどと思ったりしませんから、どうぞ私の不信仰を許して下さい」と悔い改めの祈りをした。また「あなたがそこまでの犠牲を払ってまで愛しておられるラスベガスの人々のために、今度は私があなたに代わって犠牲を払いますから、どうぞ家内と私の働きを助けて下さい」。そう祈りながら、目に涙を一杯に溜めて運転したことを昨日の事のように思い出す。

この事があって以来、私の心は何かに吹っ切れたかのように、毎週、何の苦痛もなく喜んでラスベガスに通うようになった。それどころか、家内が作ってくれた美味しいおにぎりを二人で頬張りながらのドライブは、むしろ楽しいものであった。また、この時を境に不思議と色んな人たちが私たちの所に集まるようになった。そして、ラスベガスに通い始めて三ヵ月半後、忘れもしない2002年3月10日の日曜日、15名ほどの人たちと一緒に、呉服豊さんがジェネラルマネージャーをしておられたハワード・ジョンソン・ホテルの会議室を無料で提供してもらい、最初の礼拝を持つことができた。それ以来、呉服夫妻は毎週礼拝のために必要なすべての準備を整えて私たちを待っていて下さった。また英語のミニストリーを始めなければならなくなった時も、神はウォレン&美佐子・ノーマンというとても献身的に神に仕えておられるご夫妻を教会に加えて、そのときの必要を満たして下さった。

神はいつも真実で、ご自身の働きのために必要なすべてのものを満たして下さる。そして、2002年8月22日に宗教法人として正式に教会が誕生し、またさらに10ヵ月後、家内と私は27年間住み慣れたロサンゼルスを後にし、本格的な伝道のためにラスベガスに移ることになった。

通い始めて1年8ヶ月、その間85回ラスベガスに通い、車で走った距離は8万5千キロ、地球を2周以上する長さになる。毎週、砂漠の中を走りながら、イザヤ書43:19の御言葉にいつも励まされた。それはまさしく主の語りかけ、主の約束であったと思う。「わたしはあなた方の働きを通してラスベガスの荒野に道を設け、多くの日本人がその道を通ってわたしの所に帰って来るようにする。またラスベガスの砂漠に聖霊の川を流れさせ、人々の魂に本当の潤いを与えるようにする」と。

これからも家内と共に、二人三脚で「七転び八起き」をしながら、天国への道を人々に宣べ伝える働きに励む者でありたいと思う。 

LVJCC牧師: 鶴田健次


ラスベガス日本人教会


Las Vegas Japanese Community Church

1800 East Desert Inn Rd. Las Vegas, NV 89169

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