ラスベガス日本人教会は、福音的プロテスタント教会で、どんな人をも愛し受け入れる、明るく開放的な教会です。
 

LVJCC 驚くばかりの恵み

やり直しの人生
貴保子Trimboli
  

ハレルヤ!!主イエス様の御名を心から賛美いたします。私がラスベガス日本人教会に来るようになって、もう5年が過ぎました。あれは、2005年の夏のことでした。教会の松岡みどり姉が発行しておられる日本語の情報誌「ラスベガス・アイズ」にあった、「すべて重荷を背負っている者は私のもとに来なさい(マタイ11:28)」の御言葉に強く心を打たれたのが教会に来るきっかけでした。

当時、たった一人で生きていくための重大な問題を抱えていた私は、誰かに導かれるように、9月のある日曜日に、礼拝直前の鶴田牧師に電話をしました。先生ご夫妻は、さっそく次の日曜日に、わざわざ回り道をして私を迎えに来て下さいました。私はすぐ入門クラスを受ける決意をし、その学びを通して、今まで漠然としか理解していなかった神様についての真理を知り、素直にイエス様を受け入れることができました。

私たちの罪の赦しのために、父なる神様は尊い独り子イエス様を十字架にかけられたこと、又、私たち一人一人のために素晴らしいご計画をお持ちでいられることなどを鶴田先生はわかりやすく毎週教えて下さいました。そして3ヶ月後のクリスマス礼拝で、私は洗礼の恵みに預かりました。「子よ安心しなさい。あなたの罪は許された。」の言葉に涙があふれたあの時の感激は今でも忘れることなく、はっきりと覚えています。第2コリント5:17にある「誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」の御言葉の通りに、私は新しく生まれ変わることができたのです。

16年経った今にして思えば、愛される事を知らずに育った私は、いつも心に大きな傷を持っていました。そして『愛』というものを全く知らずにいました。それでも、人並みに結婚し、まじめで勤勉な夫と2人の子供に恵まれ、周りから見れば、それこそ何一つ不自由のない恵まれた生活を送っていました。そんな私が、ある日、とんでもない行動を起こしてしまったのです。家族の事など何一つ考えず、当時アメリカに帰った人を追い、日本を飛び出してしまったのです。その頃、夫は友達と新しい会社を設立し、長女は国立大学に入り、長男は高校入学が決まったばかりの時でした。家族全員にとって、私の支えが一番必要だったその時に、私はそんな事も考えず、ただ欲情の赴くままに暴走し、その人とアメリカで再婚してしまったのです。それが私の人生のボタンの大きなかけ違いでした……。

人生の選択を誤り、勝手に日本を離れ、1994年からNew Jerseyを起点とし、すでに世を去った前の夫とアメリカ各州を点々とし、常に生活の苦労や不安と戦ってきました。私はこれは全て自分の蒔いた種の刈り取りだと思い、この苦しい惨めな生活を甘んじて受けていました。まるで私は聖書の中の「放蕩息子」のようでした。

1998年、フロリダからあてもなく、ミシシッピーとアラバマの州境に着き、そこで知り合ったクリスチャンの老夫婦に連れられ、夫ともに、アラバマの片田舎のバプテスト教会に7ヶ月間、毎週欠かさず通い続けました。これが私とイエス様の初めての出会いだったのだと思います。いつも悲しい顔をしている私を見て、老牧師はGod loves youと言葉をかけてくれましたが、その言葉さえ、私には無意味なものでした。そしてミシシッピーを離れ、今度はフロリダのペンサコーラに移り(その頃、ペンサコーラのある教会でリバイバルがあり、その教会に通いたいというのが目的でもあったのです。でも結局はその教会には通いませんでした。)私は毎日クリスチャンのTV・ラジオ放送を見聞きし、やっと出会うことので来たイエス様から、離れたくないという気持ちがありました。

祈りの仕方も知らないまま、毎日毎晩、心の中で「どうか私を助けて下さい!!」と叫び続けていました。この私の心からの悲痛な叫びを、神様は聞いて下さっていたのだと私は信じています。そして又、ペンサコーラを離れ、コロラドを経て、私たち二人は何の目的もないまま、ラスベガスに着いたのでした。私の心の叫びを聞いて下さった神様は、ここで私に対する救いの計画を実現へと進めて下さったのだと思います。その後、夫は召され、その葬儀の日に、神様は私のクリスチャンの友人に語りかけられたのです。「わたしは、彼女のつらい生活をずっと見て来た。もう、ここで彼女を解放してあげたい」と。私は友人の言葉を聞いて驚きました。やはり神様は、私の祈りを聞いて下さっていたのだと思いました。私は、アメリカ市民の夫がいたにも拘わらず、永住権のないまま一人残されてしまいました。でも、神様は目に見えないところで私を導いて下さっていたのです。私にカレン・アルバート夫妻とその友人ジョンという三人の助け手を与えて下さり、また私をラスベガス日本人教会へと導いて下さいました。この三人の人達は、何とかして私に永住権を得させようと、弁護士を与えてくれ、その費用も全て払ってくれたのです。同時進行で、毎週の祈祷会では、この私に「必要なもの」が与えられるようにと、鶴田先生ご夫妻をはじめ、兄弟姉妹が祈り続けて下さっていました。

様々な紆余曲折があり、1年3ヶ月と長い時間はかかりましたが、祈りは聞き入れられ、私は念願のグリーン・カードを手に入れることができました。ずっと私は聖書にある第1ヨハネ5:14、15の御言葉「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いて下さると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」を信じ続けていました。そして、同時に、今の仕事を与えられ、新しい夫と職場で知り合い、私達は2007年2月に、ラスベガス日本人教会で結婚式を挙げさせていただきました。牧師先生をはじめ、教会の方々が大きく助けて下さった事を、今でも心から感謝しています。また、教会が移転し、家からずっと遠くなり、日曜日に仕事のある私は、他の教会に通うことを考えていました。でも、神様はここでノーマン長老ご夫妻を用いて下さり、私が教会をかわることを押し留めて下さいました。いつも日曜日の朝、遠くから迎えに来て下さり、帰りも必ず仕事に間に合うようにと送って下さるノーマン長老ご夫妻に心から感謝をしています。

神様は、私に数々の憐れみと御業を現わして下さいました。また、大きな試練も与えて下さいました。私を愛して止まないでいて下さる神様は、常に私と共にいて、人生のボタンをかけ間違った私に、こうしてやり直しの機会を与えて下さいました。何という驚くばかりの恵みでしょうか。私の人生のすべては、偉大なる神様の御手の中にあります。イエス様、私の叫びを聞いて下さって、本当にありがとうございます。 アーメン

   
     
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